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《登山》地球を感じて、日々の感謝に気付く

週末、山に登ってきました。

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長野県の中央アルプスの木曽駒ヶ岳。

少し前に、栗城史多さんの本を読んで感動したことをきっかけに、ちょこちょこ小さめの山に登っています。きっかけは栗城さんの本だったんですが、今は山の上で淹れるコーヒーが大好きです。毎回びっくりするほど美味しくて、「コーヒー美味ーーー!」って毎回言います。キャンプコーヒーも好きだけど、山頂コーヒーも大好き。

科学的には、山頂では沸点が下がるため(今回は約3000mの山なので87℃くらいだそうです)ドリップに適している温度を定めるのが簡単だから美味しいのだと言われていたり、疲れているからそりゃあ美味しいでしょうと言われたりしています。景色も、もちろんあります。登頂した心境で飲むのはやっぱり美味しい。

なんかわからんけど、トータルでめっちゃ美味しいのです。

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山は平らな道はなく、ほとんど岩場のような足場です。歩いているというよりは、一歩づつ踏みしめている。地球を感じて踏みしめている。そんな感じ。行きも帰りも、4時間以上そんなところを歩いていると、普段歩いているコンクリートがめちゃくちゃ楽に感じます。平らな道ってすっごいありがたいなー!って感じます。

誰かが、工事してくれたおかげて、自分たちは普段、歩きやすい道を歩けている。コンクリートの道なんて、永遠に歩けるように感じるほど、歩きやすい。ありがたや。

とはいえ、そんな岩だらけの山道でも、実はだれかがルートを切り開いてくれたことに気付きます。そのおかげで、自分たちは上まで行けるようになっている。そして最高の景色がみれる。誰かわからないけど、切り開いてくれてありがとう。

そして、その最高の景色がみられるのは、太陽や地球、山や海、木と空さまざまな大自然があってくれるおかげだなーって感じます。《自然》に対してありがとう、を感じます。いったいあと何年、この景色はみられるんだろう。同時にもっと大切にしないといけないなと、改めて気付きます。

下から持ってきた水分、栄養としてのおやつ、足を守ってくれる登山靴、たくさん運べるリュック、紫外線から守ってくれる帽子、作ってくれた人にありがとう。そして、そのもの自体にもありがとう。普段、目の前のこと全てに感謝するなんてなかなか出来ないけど…自然のなかでは当たり前なんてなく、生きている、そのことがすでにありがたいんだってことに気付きます。

便利なものも、新しいものも、発展していくには大切なこと。でも、地球上に生きている以上、自然がなければ、全てはなりたたない。地球というこの星がなくなってしまったら、なんにもならない。すべての根底にあるのは、きっと【地球を愛すること】【自然とともに生きているという事をわすれないこと】なのかもしれない。

これからも、歩けるかぎり登っていこうと思います。

美味しいコーヒーを飲むために。そして、いつも目の前にあるたくさんのありがとうを忘れないために。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

 

 

2016年08月10日 | Posted in NONのこと, ブログ, 生きるシアワセ2 Comments » 

 

職人って、こういうことなのかもしれない

先日、有松へ行ってきました。

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有松絞りで有名な、名古屋市緑区のちょっとした観光スポットです。そこで、60年くらい伝統工芸の有松絞りをやっている先生のお話を少し聞くことが出来ました。有松絞りとは、布に型をおこし、その型にそって糸を巻いていき、そのままの状態で染めることであえて色ムラを作り、布にデザインする染め方です。

見た時に、なんて芸術的なんだろうって思いました。でも話を聞いていくうちに覆されました。芸術的だけど、決してアートじゃない。

デザインとして型を起こす人がいて、糸を巻く人がいて、染める人がいる。型を起こす人は、今求められている柄、ちゃんと売れる柄を調査し、それを基準にデザインを決める。

糸を巻く人は《自分の模様》というのを与えられ、生涯その模様のみをひたすら習得する。糸を巻く人は、出来上がりの染め上がったのを見ることはほとんどない。

こういう模様をつくりたい!とか、こんなデザインをしたい!とか、そういうことではなく、仕事としての完成度を求めてひたすら目の前のことに打ち込む。そこに、好きも嫌いもない。まるで、ひとつの《役割》かのように、ひたすら打ち込む。その手は、職人さんとしか言いようが無い。

自分の仕事概念とは逆だからこそ衝撃的だった。

少し前に、話してくれた職人気質の大先輩もそんな話をしていたのを思い出した。《好きとか、嫌いとか、楽しいとかではなくて。自分の役割として最高の仕事をする》あの時の言葉は、こういう意味だったのかもしれない。

自分が伝えたいものを表現するのがアートだとしたら、きっと真逆。だからこそ芸術的なまでに美しいものが継がれてきて、今も自分たちは、それを手にすることが出来るのかもしれない。

《大きな会社の役割》《社会としての役割》《人としての役割》《家族としての役割》好き、嫌い、ではなく。楽しい、楽しくないではなく、目の前の仕事を最高のものに仕上げる。そんな生き方もかっこいい。どんな生き方をしていても、自分が決めた道を誠実に進んでいる人は、かっこいい。

そんなことを感じた日。自分と違うものに触れることも、けっこう楽しい♪

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年08月09日 | Posted in ブログ, 働くシアワセ4 Comments » 

 

移動カフェを始めたい方へ《目的について》

移動カフェのノウハウを書いてる本はいくつかあるし、ネットで調べればすぐにたくさん出て来るのでここでは別の視点から書きたいと思います。※ネットの情報は、明らかに経験者が書いたものではないと思われるものもあるので、注意が必要です。

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移動カフェだけでなく、全てのことに共通すると思いますが【それをはじめる目的はなんですか?】この目的がとても重要です。それを明確にすればするほど、選択がしやすくなり、やっていることに意味を見出せます。

例えば、料理をつくろうと思った時に、カレーをつくろう!って決めたら、出来上がりはカレーになります。カレーを作ろうって決めなかったら、出来上がりは何になるか分かりません。夏野菜のカレーにしようって思ったら、そうなる。元気が出るように彼が大好きなチキンカレーにしよう、って思ったら、彼にとって元気が出るチキンカレーになります。

移動カフェをやりたいっていうのは、ここでいう料理をつくろうっていうだけのことです。それが目的になってしまうと、移動カフェを作っただけで満足してしまい、そこから先の行動がぶれてしまう可能性がある。いったい何のためにやっているのか分からなくなってしまう。そうすると目先の利益に流されて、選択を誤る可能性が高くなる。そして、【こんなはずじゃなかった】と、余計に負のスパイラルにはまる可能性がある。

と、いうのも…私は愛知に返ってくる前、一度このスパイラルにはまっていました。やりたいことを始めたはずだったのに、思ったのとは全然違う場所に立ってしまっていました。それをリセットするために、愛知に戻ってきました。

※ここは長くなるのでまた書きます

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なんの為に移動カフェをやりたいのか。おそらくみんなあるはずなんです。移動カフェを見て、なんかいいなと思ってくれたとしたら、どこに魅力を感じたのか。何をいいな、と思ったのか。

たとえば、【お金をたくさん稼ぎたい】と思ったとしたら、それも大切な目的かもしれない。【自分の料理を提供して喜んでほしい】と思ったら、それもきっと大切な目的。ただ、その両者の進む方向は別々で、そのための選択も別々だ。だから、ノウハウ本よりは、自分の理想に近い同業者から話を聞いたり、働かせてもらったりしたほうがよっぽど身になる。

移動販売、といっても店舗同様、いろんなスタイルがある。その選択の指針になるのが、【はじめる目的】を明確にもつこと。これ、何をするにしても本当に大事です。

ちなみに、私の移動カフェをする目的は《街なかの、安心する場所を提供すること》

他人なのに、家族じゃないのに、友達じゃないのに、ここにくると安心する。そういう場所を作りたい、という思いからです。そうすると、いろんなことがつながります。なぜ1人でやっているのか、イベントではなく日常に力を注ぐのか、その選択の指針はここにあります。

《なぜ、それを始めたいのか》もし本気で始めようと思っているなら、かならず考えてみてください。そして移動販売だけでなく、この職業で働きたい、この会社に入りたい、という希望があるなら是非考えてみてください。目的を持つことは本当に大切です。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

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いくつか出ている移動販売の本。私もたくさん読みましたがこれが1番おすすめです。

 

2016年08月08日 | Posted in ブログ, 移動販売のコト2 Comments » 

 

花火も人も。永遠ではないからこそ、美しい

久しぶりに、花火を見ました。

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なんで花火って、こんなに美しいんだろう。一瞬の大きな花を咲かすために、丹精を込めて職人さんが造り上げる。そして多くの人の心に刻まれる。咲くのは一瞬だけど、記憶は一生。永遠ではないからこそ、なお美しいんだろうな。

桜もきっとそう。儚く散ってしまうから、多くの人が求めるし心を動かされる。そもそもお花が綺麗なのは、そういうことかもしれない。永遠じゃないからこそ、美しい。来年も《サクラ》としては咲くでしょう。でも、その1枚の花びらはその一瞬。

ラテアートもきっとそう。ずーっとはとっておけないものの為に、練習し、磨き続け、魅了し続ける。《カフェラテ》としては、次の1杯もあるでしょう。でも、この1杯はこの一瞬。これがずーっととっておけたら、ちょっと変わってくるかもしれない。

そう考えていたら《人間》だってそうだ。これからもヒトという生物はたくさん誕生するでしょう。でも、私が生きるのはたった一瞬。あなたが生きるのもたった一瞬。永遠に、はありえない。

だとしたら、自分で最も美しいと思える生き方をしてもいいんじゃないかと思う。

セミだって、一瞬の命のために、誰かにどう思われるとか関係なく(すんごい声量で)自分ができることを精一杯やっている。それは結果的に、夏の風物詩となり、胸のなかに刻まれる。きっと、風物詩になりたくて鳴いているわけじゃない。でも精一杯やることは、きっと誰かに影響を与え、大きな意味で誰かの力になれるかもしれない。

花火を見て、そんなことを思った。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年08月06日 | Posted in ブログ2 Comments » 

 

迷うことが出来るって、幸せだ

AとBどっちにしよう?
進むか、やめるかどっちにしよう?
この先、どの方向に向かおう?
就職どうしよう?

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営業していると、たくさんの悩み相談(解決ではなく、聞き役として)してもらうことがあります。選択を【迷っている】場合がけっこう多い。

職業のこと、恋愛のこと、大学のこと、家族のこと。人間の悩みはたくさんある。

AとBを迷っている場合、双方に利点と欠点があるってことだから、その比較で迷っている場合が多い。給料とやりがい、どっちを求めるか、とか。AくんとBくんどっちにしよう、とか。どっちにも利点と欠点があるから迷う。【自分はどっちも選択できる】から迷う。選択肢があるって思える時点で、自分の可能性をちゃんと信じれている。

だから、どっちを選んでも、【これでよかった】に持っていける。

挑戦するか、やめておくかを迷っている場合、100%うまくいく見込みが無い場合は自分の可能性を信じれていないって事だからそもそも挑戦しようと思わない。だから、迷っている時点で自分の可能性を少しでも信じれている。

だから、進むのもあり、やめておくのもあり。どっちを選んでもいい。誰かの目を気にせずに選んだほうがいい。

就活、職業の選択で迷っている場合、いろんな可能性があってなんでも選べるっていうこと、自分には選択出来るってこと。自分にはいろんなことが出来るってわかっているから、迷う。自分の可能性を信じているから迷う。「私にはこれしか出来ない」っていうときはきっと迷わない。「この先やってみたいことはなんだって出来る」そう思うと、非常にワクワクしてくる。

迷ってるっていうのは、なんにでもなれるってこと。本当に好きなことを選んだらいい。見つけられなかったら作っちゃえばいい。

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こんな風に考えてると、迷うのってわくわくしてくる。だって、どっちを選んでもいいし何を選んでもいいっていうことだから。決められたことをこなすことは、迷わないから楽かもしれない。指示されて、そのとおりに動けば怒られないし、避難もされない。

いつも不満が多い人の口癖は「〜させられちゃって」「〜って言われちゃって」「相手がこうしたから」と相手の言動が自分にどう影響したかの言葉が多い。いつもキラキラしている人の言葉は、「私が、こうした」「私は、こう思った」と自分から始まる言葉が多い。「選択させられている」と思うか「選択出来る」と思うか。そこにもつながっていく。

本当に幸せなことって【自分で選択できる】ってことを知ることだと思う。そのためには、自分の可能性に気付き、信じることだと思う。

今の日本は、ありがたいことに「選択出来る環境」が結構整っている。職業を決めつけられることも少ないし、結婚相手だって大抵の人は自分で選べる。(絶対、とはいえないけど…)自分を信じて、選択できるってことに気付くことが幸せへの1歩だと思う。たぶん。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年08月05日 | Posted in ブログ, 働くシアワセ2 Comments » 

 

便利が進んで、減っていくモノ

私の夏休みに入り、ちょっとお出掛けしてきました。

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京都の日本海側、日本三景の天橋立。綺麗なところでした。いい休日。

ちょっと遠出するときって、高速道路使を使いますよね。non号はETCをつけていないんですが、最近はETCじゃない車ってほとんどなくなりました。料金所で混まないので、渋滞もずいぶん緩和され、本当に便利になりました。発明した人すごいな、ありがたいなあって思います。

ただ、私、ちょっと変なんですが。高速道路の料金所のおじちゃんとの、ちょっとしたどうでもいい会話が結構好きで。「◯◯からだと、◯◯円です」「はーい、お願いします」「はい、確かに!いってらっしゃーい!」みたいな、本当に意味のないような会話なんですけど。あの、いってらっしゃいって一言が好きなんですよね。金額のやり取り以外《必要な会話》ではないかもしれないけど、元気がでます。ふわって、心が温かくなる感じ。

コンビニでも「私、いくつに見える?実は76歳なの♡」っていつも教えてくれるチャーミングなお姉さんのいるコンビニがあるんですが、なんか好きなんですよね。毎回、「えー!!みえないですねー!♡」ってやり取りをするだけなんですけど、なんかそのコンビニには寄りたくなります。

それだけじゃなくて、いつも郵便を運んでくれる配達の方、いつもいく銀行の窓口のお姉さん、いつも仕入れに行くスーパーの素敵なスタッフさん達、発電機用のガソリンはセルフでいれられないから、窓口でいれてもらう時に話す元気なお兄ちゃん達、そんな人達とのやりとりがけっこう好きで、元気の源だなーって思います。

便利なモノやコトが増えていくにつれて、《他人》との関係は徐々に自動化され、希薄になっていくのかもしれません。仕事上の人、友達、家族、知り合おう!として出会った人とは、会話もたくさんすると思います。ただ、《他人》との関わりって、便利が進んでいくにつれてちょっとづつ減っていくような気がします。

だから、逆に、不便であっても人の温度を感じられる場所が、大切だと思う人が増えているのかもしれません。目の前のポケモンを捕まえることも大切かもしれないけど、目の前の相手といっけん意味のないような一言を交わすことも、けっこう大切かもしれません。特に、ホスピタリティや接客スキルは自分がお客さんの立場になったときにこそ育ちます。自分にとって全く利がないと思われる相手に対して、どういうやりとりをするか。全く知らない、二度と会わないかもしれない相手の笑顔をいかに引き出すか。サービス精神を養う絶好のチャンスです。

それが出来たら、必ず接客業で活きてきます。四六時中意識していなくてもいいけど、だんだん当たり前かのように出来てきます。

便利は便利でありがたい。不便は不便でけっこう楽しい。そういう心をいつも忘れないようにしたいです。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年08月04日 | Posted in ブログ, 生きるシアワセ8 Comments » 

 

移動カフェにゴミ箱を置かない理由

ちっちゃいようで大きな理由がある。

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1つ1つはちっちゃくてどうでもいい事にかもしれないけど、重なると大きな空気になる。ゴミ箱がどうこうの話ではなくて、すべての行動には意図があるって話です。意図があれば、正解も不正解もないのではないかと思う。

cafebusnonには、ゴミ箱がない。
いつもの豊田市駅の出店の時には、飲み終わったカップを捨てるお客さん用のゴミ箱は置かないようにしています。あえて、置かない。それには、こんな意図があります。

お客さんと目を合わせられるチャンスを1回多く頂く。

どういうことかというと…
ゴミ箱があれば、飲み終わったカップはお客さんにとっても捨てやすく、ポイッとして帰れる。そうすると、他のお客さんが並んでいる場合、商品を渡してからお客さんが帰ってしまう前に「目を合わせるチャンスがなくなってしまうことがある」「帰り際に目を見てありがとうを言うタイミングを計れなかった」なんてことがある。

だから、飲み終わっていそうだったら、帰り際に必ず声をかける。「良かったら、飲み終わったカップ受け取ります。」そうして1回多く話しかけるチャンスを頂いている。

それから、【コーヒーを渡して終わり】にならないように、飲み終わったカップにも気を配る習慣をつける。特にアイスの場合、残っている氷の量でどのくらいのスピードで飲む方なのか、カフェラテは混ぜる派か混ぜない派か、なんてことも予想できる。そしたら次来て頂いた時に、どの状態のコーヒーで渡すのがベストなのかも予想できる。

そんな意図があって、あえてゴミ箱は置かないようにしている。でも、イベントで忙しいのが予想される時は必ず持って行きます。そのほうがお客さんにとっても私にとってもイベント会場にとっても良いと思うから。

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もうひとつ、ちっちゃいことで言えばガムシロやミルクのこと。

セルフで置いておくのではなく、必ず私が入れてから渡させてもらっている。そこにもちっちゃいようで大きな意図がある。

ミルクの有無や砂糖の有無を通して、お客さんを覚える習慣を身につけること。どういうコーヒーを求めているか予想して、次に来ていただいたときに活かすこと。「あなたのことを覚えています」を伝えること。そして初めてのお客さんであれば【聞く】ことで、やはり目を見て会話をするチャンスを1回多く頂いている。

『お客さんと目を合わせられるチャンス、話しかけるチャンスを1回多く頂く』ここにももちろん意図がある。

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こういうのって正解がなくて、自分の意図に沿っていればどれも正解だと思う。別に【ゴミ箱がないのが良いこと】ではない。【ゴミ箱があったほうが良いこと】の意図があれば、そうした方が良い。

なぜそうしているのか、どういう意図があるのかを考える。目に見えることの裏側に、なにを思っているのか。自分で仕事をするってことは、その意図と行動を自分で考えれるっていうこと。それが自由っていうこと。

「起業すると自由ですよね」と言われることが多いけど、自由って規制がないってことじゃない。規制がないことが自由ってことじゃない。自分のルールを自分で決めれるから自由、なんだ。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年08月02日 | Posted in NONのこと, ブログ, 移動販売のコト4 Comments » 

 

【働く意味と目的】仕事にお金以上の価値を見つける

土曜日は知立の米蔵家さんでの出店でした。

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とりあえず車検前の営業が終わりました。ここから2週間、cafebusnonとしてはお休みとなります。夏休みといえば夏休み。ただ、びっくりするほど普段とおんなじ心境です。

この仕事を始めてから、【仕事】と【私】と【生きること】が限りなくフラットになりました。お店をしている人は、定休日だから休日だ!と思っている人は殆どいないように思います。営業していない時にしか出来ない仕事がある。ただ、そういう日は、自分のペースのみで進められるから、休みといえば休み、仕事といえば仕事。境界線がゆるくなる。そんな感じです。

なので、2週間休みだー!ってわけでもなくて、これからの仕事をさらにワクワクさせるために、仕事をするために、休む。仕事であっても、休みであっても、ワクワクすることに変わりはない。

いつも胸をときめかせること、ときめかせようと思うことが、毎日を楽しむためにはとっても大切。それが仕事かも知れないし、恋愛かもしれないし、子育てかもしれない。どれを選択してもいい。私にとって生きることと、働くことと、私自身はほぼイコールの関係。

今日も、今日がすき。

毎日そう思えるように、休むもよし、働くもよし。自分で選択できる環境は幸せだと思う。cafebusnonとしてはしばらくお休みですが、増田希としてはいつも以上に働いてきます♪

働くって、お金を生む時間だけじゃない。これからの私のために勉強したり考えたり投資する時間も含んでる。こういうまとまった時間は、ものごとに対する想いを深めることや自分の心の声を聴くにはすごく最適な時間。

また、8月後半にお会いしましょう♡

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年08月01日 | Posted in ブログ, 働くシアワセ, 移動販売のコト4 Comments » 

 

【カフェという場のつくり方】自分らしい起業のススメ

【カフェという場のつくり方】〜自分らしい起業のススメ〜
著者;コモンカフェ代表 山納洋

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今、カフェの経営は難しい。多くに人はそのことに気付いています。ところが近年、カフェの開業を目指す人はむしろ増えている感さえあります。そして、多くの人が’開業の目的を儲けではなく、自分らしい生き方の選択に置いています。

1章からドキッとすることが書いています。まさに自分自身もそう。生き方の選択として【カフェ】という儲けの出にくい業態を敢えて選んでいる。この本では、カフェをやりたい人に向けて具体的な事例が書いています。

お店を始めてから気付くこと、お客さんが入りやすいお店とは入りにくいお店とは、常連さんと一見さんのこと、「わかるわかる。」を、たくさん感じました。

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私は初めた当初は、とにかく道を通る人へ挨拶をしてみよう!と積極的に声をかけていました。ところがこの本を読んで、いつも窓の外を見て挨拶することにひとつ疑問を感じました。「もしかしたら声をかけるせいで、買ってあげなきゃと、気を使ってしまうお客さんがいるかもしれない」ということ。

「買いたいな」と「買ってあげなきゃ」は、似てるようで全然違う。絶対に「買ってあげなきゃ」より「買いたいな」と思ってもらうほうがいい。それから、「買いたい!」まで気持ちがいってなさそうなお客さんにはあえて視線を送り過ぎないようにしてみたり。本当に細かいコトなんだけど、あくまでお店は「売ること」よりも「買いたいな」と思ってもらうことが大切。

他にも、なぜカフェが続かないのか、カフェの公共性、なんかについても書いてあります。個人的には、カフェは限りなく公共に近い立ち位置だと思っています。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

 

 

大人になってから気付く、学校の大切さ。

先日、とっても可愛い女の子が来てくれました。

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「夏休みの宿題で、周りの素敵なオトナをインタビューしてくる」という宿題が出たそうで、そのインタビュー相手に選んでくれたようでした。なんだか嬉しくなり、中学生の女の子に伝わるように伝えました。

最近は、こんな魅力的な宿題が出るんだなあってびっくりしました。だって、この宿題って関わる人みんなをHAPPYにしているような気がする。

インタビューをして、学ぶ中学生。「素敵なオトナ」だからと言ってもらいインタビューされる人。それを見守る先生と親。すごく素敵な宿題だなって思います。

宿題って、昔は本当に嫌いでした。「なんでこんなことをしなきゃいけないんだろう?」「これはなんの為になるんだろう?」そんなことをいつも思っていました。今となっては、【宿題】や【部活】そして【規則を守ること】の意味がなんとなく想像できるようになりました。

宿題は、学力向上などの意図はもちろんあると思うけど、それ以上に約束を守れるように、期限を守れるように、そんな意味のほうが大きかったのかなって思います。言われたことをまず受け入れてやってみるという素直さは、社会に出たときの第一歩で必ず必要になる。

部活は、定めた目標に向かって一生懸命やってみること。みんなで協力すること。「勝つ」ことが大事なんじゃなくて「勝つ」という目標のために日々努力することが大事だと教えてくれる。

規則を守ることは、理不尽を受け入れなければいけない時がある、ということを社会に出てから受け入れられるように伝えてくれている。個人的には、少々スカートが短くったって、髪の毛を染めていたって、そんなに悪いことではないと思います。でも、なんでそんなことを守らなきゃいけないんだ!を、守るのが社会人。その為の練習をしていたんだなって今となればわかります。

逆を言えば、言われたことを言われた通りにやるのはいい子だけど、言われたことに疑問をもたない子が増えてしまったら、それはそれで怖いことだとも思います。誰かの言うことは全て正しい、そんな風になってしまったら、自分で考えてみることの大切さに気付かないかもしれない。「なんで勉強しなきゃいけないんだろう?」「校則を守らなきゃいけないんだろう?」そんな疑問を自分で持つことも大切なことだと思います。

疑問をもつ、というのは生きる上で本当に大切なこと。素直さと矛盾しているようだけど、行動の素直さと思考の自立は相反するわけではない。

ちなみに、私は校則が大っ嫌いでした。いつも「なんでそんなことを守らなきゃいけないんだ!」って思ってました。怒られてもぜんぜん納得出来ませんでした。「だって、髪の毛が茶色いほうが私に似合ってるもん!」って本気で思ってました。笑

だから、今、こうしてひとりで働いているのは自分で納得出来るような気がします。理不尽なものを、受け入れられなかったから、自分で自分のルールを作ってる。私のルールは私が決める。

ちょっと話がそれましたが、かわいい女の子のインタビューから【学校について】を思った1日。めぐみちゃんにとって、なにか伝わるものがありますように。

最後までお付き合いいただきありがとうございました、豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年07月30日 | Posted in ブログ4 Comments » 

 

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