定期のおじさん
「なんか、今日はあついねぇ」
ここ最近、言われて嬉しかった言葉である。
もちろん、ただ「暑い」という言葉にときめいたわけでは無い。それは、そのシチュエーションの持つ力が最大限に作用した場合のときめきだ。
「なんか、今日はあついねぇ」
そう言ったのは、私が【定期のおじさん】と心の中で呼んでいる、本屋さんにくる常連さんだ。何冊か定期購読をしてくれていて、週に何回もお店に来てくれる。
バイトに入るたびにお見かけするような気がするから、もっともっと来てくれている、ということだ。本屋さんにとっては、貴重なお客さんである。
この定期のおじさんは、ちょっと強面だ。いや、結構、かもしれない。バイトに入りたてで、レジでしどろもどろしていた時には、ギロッと強い視線を感じていた。(気のせいかもしれないけれど)特に必要以上の言葉を交わすわけでもなく、「いらっしゃいませ」から「ありがとうございました」までをスムーズにして欲しいタイプのお客さんだ、と勝手に決め付けていた。
そもそも、本屋さんとお客さんはレジでは余分な会話をするタイミングがなかなかない。個人の小さなお店ならまだしも、次々に後ろに人が並んでしまうようなレジの場合、お店側もお客さん側も気を遣う。その上、カフェでやっていたような【頼んでくれた商品に対するツッコミ】のようなものも、しづらい。かなり。
例えば、コーヒー屋さんの時は相手の注文の仕方や話し方から、コーヒーが好きそうだと感じればそれに適した一言二言をかければ良かった。また、仕事の休憩中なのか、出張なのか、ということをなんとなく聞いてみたり。
それに比べ、本屋さんは「その作家さんお好きなんですか?」とか、「いつもこういう系統の本買ってますね」とか、仲良くない段階では言ってはいけないような気がする。というか、お客さんはそんなことはあまり言われたくないと思う。よほど仲良くなってこれば「あの作家さん、新しいの出しましたよ!」とか、そういう情報のやり取りはあり得るかもしれない。でも、基本意的には買う本にあれこれ言われても特にいい気はしないし、どういうモチベーションで買っているかもわからないから、下手なことは言わないべきだ、と思う。
だから、常連さんであってもなかなか必要以上の会話をする機会がない。それがゆえに仲良くなるのが難しい。
定期のおじさんも、まさにそうだった。これだけ何回も接客しているのだから、ちょっとは仲良くなりたいなあと思って、前回の時に思い切って「いつも購読していただいてありがとうございます」的な当たり障りない会話をした。
そんな定期のおじさんが、その日はレジが終わった後、不意に「今日は、あっついねぇ」と、言ったのである。お金をいただいて、商品もお渡しして、いつもならササっと行ってしまうところを、わざわざ当たり障りない一言を付け加えてくれたのだ。
決して、対人関係が得意そうではない、定期のおじさん。いつも、眉間にしわを寄せている(と思っていた)定期のおじさん。
「は、は、話しかけてくれたーーー!!!」というのが、私の中で衝撃的だった。全然大したことは話せなかったのだけれど。それでも、もしかしたらちょっとだけ心を開いてくれたのかもしれない、と思うと嬉しい気持ちでいっぱいになった。
そして、思い出した。コーヒー屋さんの時、こんな気持ちを感じられる日々が嬉しくて仕方なかったのだ。「ちょっと心を開くのに時間が必要なタイプ」のお客さんと打ち解けられた時は、とくに。それは私が「本当は心を開くのに時間が必要なタイプ」だから。その気持ちがなんとなく、わかるのだ。
その時学んだのは、相手がいくら強面でも、笑ってくれなくても、自分のことを苦手かもしれなくても、まずはこちらから「 I Like You」を伝えるべきだ、ということだった。
近頃、そんなことちょっと忘れていたかもしれない。思い出させてくれた定期のおじさん、ありがとう。ナカジマノゾミでした。
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