大人になってから気付く、学校の大切さ。

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先日、とっても可愛い女の子が来てくれました。

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「夏休みの宿題で、周りの素敵なオトナをインタビューしてくる」という宿題が出たそうで、そのインタビュー相手に選んでくれたようでした。なんだか嬉しくなり、中学生の女の子に伝わるように伝えました。

最近は、こんな魅力的な宿題が出るんだなあってびっくりしました。だって、この宿題って関わる人みんなをHAPPYにしているような気がする。

インタビューをして、学ぶ中学生。「素敵なオトナ」だからと言ってもらいインタビューされる人。それを見守る先生と親。すごく素敵な宿題だなって思います。

宿題って、昔は本当に嫌いでした。「なんでこんなことをしなきゃいけないんだろう?」「これはなんの為になるんだろう?」そんなことをいつも思っていました。今となっては、【宿題】や【部活】そして【規則を守ること】の意味がなんとなく想像できるようになりました。

宿題は、学力向上などの意図はもちろんあると思うけど、それ以上に約束を守れるように、期限を守れるように、そんな意味のほうが大きかったのかなって思います。言われたことをまず受け入れてやってみるという素直さは、社会に出たときの第一歩で必ず必要になる。

部活は、定めた目標に向かって一生懸命やってみること。みんなで協力すること。「勝つ」ことが大事なんじゃなくて「勝つ」という目標のために日々努力することが大事だと教えてくれる。

規則を守ることは、理不尽を受け入れなければいけない時がある、ということを社会に出てから受け入れられるように伝えてくれている。個人的には、少々スカートが短くったって、髪の毛を染めていたって、そんなに悪いことではないと思います。でも、なんでそんなことを守らなきゃいけないんだ!を、守るのが社会人。その為の練習をしていたんだなって今となればわかります。

逆を言えば、言われたことを言われた通りにやるのはいい子だけど、言われたことに疑問をもたない子が増えてしまったら、それはそれで怖いことだとも思います。誰かの言うことは全て正しい、そんな風になってしまったら、自分で考えてみることの大切さに気付かないかもしれない。「なんで勉強しなきゃいけないんだろう?」「校則を守らなきゃいけないんだろう?」そんな疑問を自分で持つことも大切なことだと思います。

疑問をもつ、というのは生きる上で本当に大切なこと。素直さと矛盾しているようだけど、行動の素直さと思考の自立は相反するわけではない。

ちなみに、私は校則が大っ嫌いでした。いつも「なんでそんなことを守らなきゃいけないんだ!」って思ってました。怒られてもぜんぜん納得出来ませんでした。「だって、髪の毛が茶色いほうが私に似合ってるもん!」って本気で思ってました。笑

だから、今、こうしてひとりで働いているのは自分で納得出来るような気がします。理不尽なものを、受け入れられなかったから、自分で自分のルールを作ってる。私のルールは私が決める。

ちょっと話がそれましたが、かわいい女の子のインタビューから【学校について】を思った1日。めぐみちゃんにとって、なにか伝わるものがありますように。

最後までお付き合いいただきありがとうございました、豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

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2016年07月30日 | Posted in ブログ | | 4 Comments » 

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コメント4件

  • より:

    いくつになっても 日々新たな気付きや学ぶことがいっぱいあります。
    その気付きや学びのきっかけは、子どもから年配の方まで色々な場面で…。
    まだまだ人生は色々と経験などをすることによって少しずつ成長できるような気がします。
    1日1日を大切にしないとね♬

    nonちゃん いつも良い話をありがとうございます。

    • nonnon より:

      本当、日々学ぶことがいっぱいありますね。
      昔、生意気にも「この人から学ぶことないなー。」って思ったことがあったけど、
      そういう時だって自分次第でいくらでも学ぶことはあったはず。
      後になっていろんなこと気付きますね♪
      こちらこそ、いつもありがとうございます*

  • ねぶ より:

    のんちゃんこんにちは^^

    おお!「素敵なオトナ」。さすがですねぇ^^

    学校の中では学校の社会があり、その中での規則があるもので、一般社会では守る必要のないものもありますよね。
    自分なんかも、高校生の時は改造制服(いわゆる学ランのちょっと長いのと太いズボン^^;)なんかをはいてたりしましたよ。

    でもこれの何が悪いのか疑問に思う事より、むしろこれは『個性』だと主張してました。別にこの格好をしてるから、万引きや恐喝や暴走族をしていた訳でも無いですし、いじめなんかはむしろいじめてる人に注意したりしてました。
    だけど校則違反になっちゃうんですよねぇ。
    でも学校は学校社会の規則。守らなければ罰せられたりもしました。
    今考えれば、疑問に思う事も大事だったのかもしれませんね。

    でも外に出ればまた今度は世の中の規則が待っています。犯罪や交通ルール、道徳的マナーなどこれに反した者には処罰が与えられますよね。これらは学校の中のルールと違って社会的に罰せられたりする、人間としてやってはいけない行動になります。これはむしろ疑問に思ってはいけない、守らなくてはいけないものである。
    だから学校ではルールというものを学ぶ事があったんだと、今は思いますね。

    でも『個性』は貫きます!だってモヒカンにしたって過激なファッションであっても、社会に迷惑はかけてませんから^^

    悲しいけど未だにごみのポイ捨てや、電車の優先席での携帯電話使用、ウインカーもつけずに進路変更する車。こういう事をする人たちにこそ、学校で学んだルールのありかたという事を、思い出してもらいたいですね。

    ちなみに自分はこういう人たちに躊躇なく注意しちゃいますね。怖そうなひとでも(自慢っぽいですかね^^;)。それこそ、そういう行動をしている人や、何も言わないで知らんぷりする人にこそ、疑問を感じてしまいますね。

    ん~今回のコメントはテーマに沿ってたかなぁ・・・

    でわでわ^^

    • nonnon より:

      今思えば、《服装の乱れから、よくない方向に引っ張られてしまうんじゃないか》
      っていうオトナの心配だったっていうのも納得できますが、あの時は本当に納得できなかったですね 笑

      社会のルール、守っていない人を見た時、注意できるのはすごいことだなって思います。
      その人がどういう状況でどういう心境でやっているのかわからないので私はひたすら勝手に想像します。
      「この人、もしかしたら今日何かあってこういう行動しているのかな」とか、
      「子供を抱えて荷物を大量に持って、捨てたんじゃなくてゴミが手から滑り落ちちゃったのかな」とか。笑

      まあ、心境や状況に関係なくやっちゃいけないことはやっちゃいけない、んですけどね^^;
      ルールはルール、守らなきゃいけない。でももし、侵してしまっている人を見たら、その行動をした理由が知りたいなって思います。

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