アイスラテ混ぜる派、混ぜない派

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先日、小さいコーヒー屋さんを見つけました。

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天白のサーフショップ「PIPPEN STORE」へ雑貨を見に行った時のこと。

 

隣の雑貨屋さんの目の前に小さな可愛いコーヒー屋さんがありました。少し前までオーストラリアでワーホリをしていたという、サーファーの若い男の子が店主さんとのこと。美味しいコーヒーを淹れてくれました。

「EARLY SOCIAL」

小さなコーヒー屋さんを見つけるとついつい買ってしまいます。特に、イベントではなくて、日常でそのお店を展開している場合。なんか、わくわくします。ちょっといい日だな~なんて思ったりします。暑かったので、アイスカフェラテをテイクアウトしました。

 
 

ところで、アイスのカフェラテを飲むとき混ぜる派?混ぜない派?

 

移動カフェをしているときに、お客さんからよく聞かれました。「これは、混ぜるの?混ぜないの?」

美味しそうなアイスラテは、下のミルクに上から濃いコーヒーがじゅわ~と広がっています。次第に沈んでいくコーヒーを眺めるのは至福のひと時。

お店としては、このフォルムを含めて楽しんでもらいたい。

だから、提供するときは混ぜずにそのまま提供するお店が多いです。でも、そのまま飲むと一口目はミルクの味しかしないじゃん!なんだこれ!と思われてしまう可能性があるから「混ぜてから飲んでね」という一言を添えてくれる親切なお店もあったりします。

個人的には、アイスラテは混ぜない派です。

下の方を飲んでミルクを強く感じたり、時には上の方をそっと飲んで苦味を楽しみたい。そして、徐々に混ざっていく味の変化を楽しむ、という点で混ぜないほうが2倍楽しいと感じる派です。

一方、混ぜる派の人は「均一になっている状態の味が好き」だったり、いちいち一口飲むごとに視覚的にも味覚的にも悦を求めていない、という人もいるかもしれません。

どっちが正解?とかないです。お好きなように、としか言いようがありません。

カレーも混ぜる派と混ぜない派がいるし、シーザーサラダの温泉卵も混ぜる派と混ぜない派がいるし、ヨーグルトのジャムも混ぜる派と混ぜない派がいる。

そういうことです。

 

世の中のほとんどの選択がこんなものなのではないか、と

 

何事もやってみずに正解を求めるのは、無意味なのだと思います。

結婚する?結婚しない?就職する?就職しない?大学行く?大学行かない?いろいろな選択肢があるけど、どの選択も正解も不正解もない。その先の求めているものによって全然違う。

自分の求めているものも分からないのに、正解、不正解を知りたがるのは無意味。

正解不正解を知ることより、自分の求めているものを感じる方が大切だ。そして、万が一間違えてしまった場合には、やり直したり、次回違う選択をしてみればいい。

ある人にとっては正解でも、別のある人にとっては不正解。だから、自分の持論を押し付けようとしている人がいたとしても気にしなくていい。その人は、人のアイスラテを混ぜようと手を伸ばしているだけ。

実際に混ぜられるのは自分の分だけ、ということを知らないのだ。

今日も白に沈みゆくコーヒーを眺めながら、そんなことを。緩やかに混ざっていくグラスを見るのが、私にとっては至福です。ナカジマノゾミでした。

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コメント2件

  • ざらめ より:

    「the EARLY SOCIAL」行ってきましたー!!
    我が家のご近所に、ステキなお店があって嬉しい♪

    アイスラテから、自分にとっての正解を考える…。深いですね(笑)
    ちょうど思春期の娘に、今、自分が正解だと思うことを楽しんでやりなさーい!人に左右されずにね!って伝えました☆

    そんなコトを思える青年のお店、そして、のんちゃんのブログに〝ほっこり〝です♪

    • nonnon より:

      ざらめさん

      わあ〜早い!笑
      ご近所なんですねー♪あの辺り、雑貨屋さんやパン屋さんや素敵なお店が多いですね^^
      大きなショッピングモールじゃなくて、ああいう店として構えているお店をまわる方がワクワクするのはなんでだろう♪

      思春期の娘さん、そう言ってもらえてめちゃくちゃ心強いんじゃないかなあ♡
      帰れる場所があるって思うと、挑戦できる。親が子供に伝えるべき事って、そういう事なのかもしれないですね*

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