親孝行って、自分を生きることを楽しむこと

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親孝行ってなんだろう?

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高校までは、こんなこと考えたこともなかったけど…社会人になって改めて気付く。家を出て、初めて気付く。やりたいことを伝えた時に改めて気付く。新しい家族を築いて、改めて気付く。

親のありがたみ。

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私はけっこう、親不幸なのかなって思ってました。

急に、就職後に東京の専門学校に行きたいとか、移動カフェを始めたことも事後報告だったりとか、横浜まで駆けつけさせてしまうようなことがあったりとか。移動販売を始めた後に、急にお金を貸してもらったりとか。

ここまで自由に育ってきたけど、、でもその裏で両親になんとかしてもらっていたから今があったりします。

だから、移動販売を始めた頃は、『いっぱいお金をつくって渡すこと』が、一つの目標で感謝の表し方だと思っていました。(まあ、思っただけであんまり出来ていないんですが)

でも、ある時から、ちょっとそれって違うのかもしれないなって思い始めました。

お姉ちゃんに子供ができて、初めて叔母さんという立場になった時くらいからかな。

親が子どもを愛するというのはどういうことなのか。親の無条件の愛情ってどんなんだろうか。子どもがどんな子だったとしても、存在自体に価値があってそれ以上の何でもないんじゃないか。今まで育ってきた中に、どれだけの愛情を注いでもらってきたんだろうか。

そんなのを間近で感じるようになりました。

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お金をたくさん渡して、贅沢をさせてあげたい、その気持ちはそれはそれでいい。でも。そのために身を削って、精神をすり減らして、毎日疲弊して、生きることは辛いことだと思っている生活を、果たして親は望んでいるのだろうか?

そんな素朴な疑問に出会いました。

もし、万が一、私が親の立場だったら。

『生きることって、めちゃくちゃ楽しいね!産んでくれて本当に有難う!』と思ってくれた方がよっぽど親孝行なんじゃないのかな?って思うようになりました。

子どもから『なんで私なんて産んだのよ!』と言われるよりは『楽しい世界に命を与えてくれて有難う!』と心から思ってもらえた方が、よっぽど親孝行だ。

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自分の人生を楽しむことは、親にも先祖にも感謝を表すことでもある。

自分を楽しむことは、親へのリスペクトだ。それも、最大の。

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そして、もし、万が一、自分が親の立場になった時には。

親が私にしてくれたことを、一つだけしてあげたいと思っている。

それは『子どもを一人の人間として信頼すること』

いい子だから信用している、とか。子どもとして、とか。そういうのではなく、一人の人間として。

相手(子ども)の人間性を受け入れ信頼することは、もしかしたらけっこう難しいのかもしれない。生まれた時から、何にも出来ない時から知っていて、気が付いたら一丁前な発言をするようになって、生意気な口も叩くようになって。【あの頃】を知っているからこそ、対等な立場で発言をするのは難しいのかもしれない。

それでも、自分が親の立場になった時には、いち人として対等に話せる親でありたいなあと思う。相手を信頼し、尊敬できる親でありたいと思う。

別々の人間として意見を交わせたら、けっこう面白そうだ。

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と、まあ親になったことのない私が言ってもなんの説得力もないのですが、そんなことを思っている今日この頃。

私は、今、生きているのが、すっごく楽しいです。
この、おもしろい世の中に産んでくれて、本当にありがとう。

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2016年11月02日 | Posted in NONのこと, ブログ, 生きるシアワセ | | 5 Comments » 

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コメント5件

  • KT より:

    のんちゃん、おはよ。
    親孝行。。
    ここまで育ててくれた感謝の気持ちというより、恩返しだと思ってる。
    自分も親ではないから分からないけど、大人になって改めて考えたとき、学生の頃に心配かけたり、わがままを言ったり、時にはキツイことを言ったりしても、自分を犠牲にしてまで育ててくれた。

    よく、親とは友達みたいな関係という人があるけど、凄くいいと思う。何でも話し合える関係が構築できてるからこそ、毎日が楽しくできる。

    親孝行。。
    それは、「毎日、自分が幸せに生きてること」が恩返しではないかなと思ってる。

    • non より:

      KTさん

      親孝行、もしかしたら、私もほんとうの意味ではまだ分かっていないのかもしれないですね^^

      親にとっての子どもってどういう存在なんだろうって、よく思います。

      とくに、生まれたばかりの子どもをみんなで見守ったり、その子の言動にみんなで一喜一憂している時に、「自分もこんなに愛されて生まれてきたのかな〜」って思います^^

  • SANA@ より:

    ホント、自由に楽しく自分の人生生きてくれればそれでよくて。そうしててくれることが、ある意味救いなるというか。私は、娘がゲラゲラ笑ってたり、お風呂から鼻歌が聞こえてくると、幸せを感じるし、ホッとする。すごいよね、笑ったり鼻歌歌うだけで相手を幸せにできちゃうんだから。子どもがそうなら、親だってそう。相手を幸せにしたいなら、自分が幸せでいることだってつくづく思う。

    それにしてもブログ読んでて思うけど、nonちゃんと感覚が似てるとこが結構あって、ちょっとおもしろい(笑)実は人見知りなとこ、執着する感じが好きではないとこ、結構涙もろいとこ、不便ではあるけど自然囲まれた場所で暮らすことをいいと思えるとこ、などなど… カミングアウトすると、初めてnonちゃんに声かけた時、人見知りのリハビリ中でした(笑)いまだリハビリ中だけどね~。

    • non より:

      SANA@さん

      相手を幸せにしたいなら、自分が幸せでいること。

      素敵な言葉。本当に単純に、それだけなのかもしれないですね♡

      え!SANAさん人見知りなんですか!笑
      いつも気さくに話しかけてもらえるから、あんまり感じたことなかったけど、たしかに似ている性質を持っている人とはけっこう仲良くなれたり打ち解けられたりするから、似ている部分があるのかも…♪

      私も、まだまだリハビリ中です♪笑

  • たまご より:

    ありがたいことに両方の立場を経験できていて、
    ちょっと優等生っぽいけど、
    親に対しても、こどもに対しても、
    感謝したいという気持ちです。

    まぁ、本人たちにはなかなかいえないんだけど(^^;

    そのかわりというのも変だけど、
    今度、のんちゃんに自慢します(笑)

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