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2017年への感謝を込めて
いよいよ、大晦日。あと1日で2017年も終わる。
私にとっては、大きな変化の1年になった。毎年『私の今年の漢字』を一応考えるのだが、2017年は【継】という字が浮かんだ。
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《増田希》として始めた、移動カフェという仕事に終止符を打ち、次の未来へと継承していくこと。
そして《中島希》として、次の世代に命を引き継いでいくということ。
これまでは、自分がずっと現場いたい、当事者でありたいと思っていた。でも、引き継いで受け継いでこの世界は回っているんだということを知った年。
それは、寂しいことではなく、悲しいことではなく、誇れること。
新しい命を生み出すということは、未来を創っていくこと。子どもを育てるということは、社会を創っていくことでもある。
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年末に、親族に不幸があり、改めて生きるということを考えるきっかけになった。
産まれるときも、死ぬときも、人はなんにも持っていない。
生きていくうちに、いろんなモノを手に入れて、知識を得て、財を築いて、何にも持たずに死んでいく。
そこに意味があるとすれば、受け継いでいくこと。そして、与えること。
子孫だけでなく、事業、学問、社会という大きな役割の1つを担うこと。そして、自分が得たものを、分け与えること。知識や学問や考えや教えを残していくこと。
全体で見たら、たった1つのパーツかもしれないけど、その1つ1つはとっても大切なのだ。
義祖母と息子は1回しか会えなかった。ほとんど2人の関係はないようにも思える。でも、義祖母のひいおばあちゃんがいなければ、彼はこの世に存在しない。旦那さんだって、そうだ。
そうなれば、私も数回しか会えなかったひいおばあちゃんだけど、感謝でしかない。
存在してくれて、ありがとう。受け継いでくれて、ありがとう。
生まれてきてくれて、ありがとう。
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《存在している》それだけで、誰だって大きな意味がある。
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2018年は、どんな年にしようか。きっと、表情豊かな1年になる。
今年も1年、気ままなブログですがお付き合いありがとうございました。来年もマイペースながら、思いを文章にしていきます。これからもよろしくお願いいたします。
あと1日。2017年を満喫しましょー♪良いお年を!
わたしが雪を好きな理由
豊田にも、やっときました。雪の季節。
朝起きて、窓の外が真っ白だった時の輝く景色がとても好きです。
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昔は、雪は大嫌いでした。そもそも、冬が嫌いでした。なんなら、雨だって嫌いでした。その上、夏も嫌いでした。
春と秋の、ちょうどいい季節だけになっちゃえばいいのにと思っていました。
雨なんか、降らなければいいと思っていました。
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今は、雪の日は大好きです。朝から、いつもと違う幻想的な景色に出会えるから。
冬の季節は大好きです。薪ストーブに火をともして、ゆらゆら揺れる炎をこれでもかというほど眺められるから。
雨の日だって、好きです。お気に入りの長靴を履ける、楽しみがあるから。
夏の暑い季節も待ち遠しいです。快晴の日に、昼からお外で飲むビール。あれほど幸せなことはありません。
春は、新緑をたのしみに。秋は、栗にきのこにお芋に、わくわくします。
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これって、季節の話だけど季節の話だけじゃないんです。相手が季節であろうと、人間であろうと、モノであろうと一緒。
目の前にあるものから、好きな部分を見つける。今あるものに目向けるということ。目の前に無いものを見ようとするから、無いものねだりが始まる。
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いま、目の前にいる人の好きな部分を探してみる。そしたら、苦手な人はぐんと減る。
いま、持っているものに目を向けて、新しい使い方を探してみる。そしたら、物欲が無限に湧き出ることもない。
いま、自分に出来ること、自分が持ってる才能に、目を向けてみる。そしたら、誰かを羨むヒマなんて無いことに気が付く。
【戻れない過ぎてしまった昨日】に後悔するんじゃなく、【まだ来ていない明日】に不安を抱くのでもなく【今、目の前にある今日】に意識を向ける。
それだけで、毎日はずっと楽しくなる。つまり、人生は楽しくなるということ。
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それに気付かせてくれたのは、きっと移動販売。
寒さの中から、温かさを見つける。
苦手な人の中から、優しさを見つける。
孤独の中から、強さを見つける。
【今日1日】の中から、ときめきを見つける。
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《やらされている》《やらなくてはいけない》状況の中からそれを見つけるのは、なかなか難しい。
《やりたい》《自分が決めたこと》という状況の中から、それを見つけるのはけっこう簡単。
だから《好きなことを仕事にすること》をすすめる人が多いのだ。ものの見方が変わり、人生が変わるから。
好きなことを仕事にするのは、それに気付くキッカケにすぎない。別の何かから、それを見つかられたら、それだっていい。
なにかのキッカケで『それ』に気付くことが大切なのだ。
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雪の朝、そんなことを思い出しました。良いも悪いも、勝ちも負けもない。そんな世界はとっても穏やかです。しとしと降る雪の日の、穏やかな時間の中で。中島希でした。
素直になれない人へ
素直になれない。言いたいことがあるのに言えない。このままじゃ嫌なのに謝れない。怒りたいのに。泣きたいのに。休みたいのに。悲しいのに。強がってしまう。
誰にでもある感情だ。
なんでだろう。
先に謝ることは、負けることじゃないのに。
ありがとうを伝えることは、恥ずかしいことじゃないのに。
泣くことは、弱いことじゃないのに。
休むことは、怠けることじゃないのに。
頼ることは、迷惑をかけることじゃないのに。
それでも、素直になれない。
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それはきっと、相手を信頼していないからだ。
『この人の前では、素直でいられる』という相手がいるなら、その相手のことをきっと信頼しているはずだ。
そして、相手を信頼できないのは、自分を信頼していない証拠だ。
『自分は大事にされる存在で、その価値がある』と肯定しきれない証拠だ。
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生まれたての赤ちゃんは、全力で要求を伝えてくる。
嫌なことがあれば怒るし、寂しければ泣くし、お腹がすけば全力で暴れる。それでも、自分が愛されていることを知っているから、素直過ぎるくらい要求することが出来る。
でも、成長の途中で『誰も助けてくれない、愛されていないかもしれない』と思ってしまえば、きっと泣きわめくのを止める。
自分の存在を、肯定できなくなってしまう。
大人だって、きっと同じことだ。
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『言わなくてはいけないこと』を、まだ言えていないとしたら。もやもやして、心にずっと引っかかっていて、すっきりしない。
謝らなくてはいけないのに、隠している時が1番辛いのだ。昔、お母さんのものを壊してしまった時のように。「ごめんなさいと言わないといけないのに、怒られるのは嫌だ」「見つかったらどうしよう」「なんとかバレずに済む方法はないか」そんなことを考えている時間が、実は1番辛い。
さっさと謝ってしまえば、その時はカミナリが落ちても案外すっきりするものだ。
そんなことで、嫌われることはない。そう知っていれば、すぐに素直に謝ることが出来るのだ。
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そういう私も、1年前に、もやもやドキドキしたことがあった。
もらって2週間しか経っていない結婚指輪をなくしてしまったのだ(!)
当然、すぐには言うことができず。草むらで出店していた時に落としたはずだから、何度もこっそり探しに行った。毎日ドキドキした。申し訳ない気持ちと、自分のダメすぎるところに腹が立った。こっそり、買いに行ってしまおうかと思った。でも、それも出来なかった。
あれは世界で2つしかない自分たちの印の入ったオリジナルの指輪。特注品だったのだ。
1週間くらいして、「早く言わなければ…」と思っていた時に、彼が寂しそうにこう言った。
「最近、結婚指輪してないね。。。」無くしてしまったことを隠していたから、いらない感情を抱かせてしまった。
素直になれないばっかりに、すれ違うところだった。
その次の日、無事に白状することができた。新しく同じ形のものを作ってもらいに行った。無くしたことは悲しませてしまったけど、『指輪をしたくないわけじゃない』という誤解を解くことは出来た。
私の心のもやもやはスッキリした。
素直にならないということは、自分の予想もしない誤解を生んでいる可能性があるということなのだ。
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ちょっとした誤解の、ちょっとしたこじれが、年月とともに大きくなっていく。それはもう、修復できないところまで来てしまっているのかもしれない。
でも。
『言いたいけど言えない』と悩んでいるうちは、選択肢がまだあるということ。自分も相手も生存していて、伝えられる手段があるということ。
この先、悩んでいるうちに年月はさらに経ってしまい、悩むことすら出来なくなってしまうこともあるかもしれない。
その時、後悔しないと言えるだろうか。
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素直になることは、負けることじゃない。
自分で自分を肯定してあげる為の、1つの手段だ。
私の大切な人へ、届けたい言葉として。そして、自分への戒めとして。中島希でした。
青い空とコーヒーと《cafebuslulu》
やっぱり、お外で飲むコーヒーが好きです。
白いコンテナの観光案内所の隣に、はるちゃんの移動カフェ《cafebuslulu》
オープンしてから約3週間。何度か晴れた暖かい日にお邪魔してきました。
ドリップもラテもいただいてきました。
すごくいい豆を使っているような、綺麗なドリップコーヒー。ミルクの甘さの際立つ優しいカフェラテ。どっちもすごく美味しかったです。
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この、隔りのない空間がすごく好き。
青い空とコーヒーの組み合わせは、どう考えても最高。
私、お外で飲食をするのがすごく好きなのかもしれません。山に登った時のコーヒーは幸せな気持ちになるし、オクトーバーフェストなんかのビールフェスタも大好き。フェスや野外イベントの美味しい片手で食べられるフードもたまらない!
かしこまった食事じゃなくて、手に持ってがぶっと頬張る感じ。こぼれるのも気にせず、豪快に飲み干す感じ。決してお上品ではないけれど、だからこそ美味しい!
今の時期は、寒いからこその楽しみだってある。
ドリップポットから流れ出るお湯の糸。そこから出る湯気を見ているだけで、美味しさが伝わってくる。そして、その数分があるからこそ、期待も膨らむ。
移動カフェの醍醐味は冬にあり。
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そして、今の状況になって、美味しいテイクアウトのコーヒーがあるというのはすごくありがたいということを知った。
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小さな子どもや赤ちゃんがいる状態で、美味しいコーヒーやドリンクを飲みに行くというのは非常にハードルが高いのだ。
この前、少し時間が空いた時にタリーズに行った時のこと。一番手前の出やすい席に座ったものの、座って3分でつむつむ君が泣きだし出ることに。
カフェはゆっくりしたい人や、話をしている人、勉強している人も利用するからなるべくうるさくはしたくない。そもそもカフェに行かなければいいんだけど、外出先で少し座って休憩したい、ホッとしたいと思うことはママにだってある。
そんな時に移動カフェは最高なのだ。
気も使わないし、子どもがぐずったらすぐ離れられる。ベビーカーの置き場にも困らない。
嬉しいことに、cafebusluluは十分に座るスペースもある。
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結婚して、子どもを産んで、立場が変わって、やっと分かったことってたくさんある。自分が営業していた時に来てくれていてママさんたちには、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
妊婦さんに対しても、同様だ。
もっと、対応するべきこと、配慮するべきことはたくさんあったはずだ。
そして、歳をとったら。
きっとまた同じように思うのだろう。年配の方に、こうしてあげれば良かった、と。
人生って、きっとこんなことの繰り返しだ。実際にその立場になってみなければ分からないことなんて山ほどある。けれど、それでも、想像力を働かせて、相手の立場を想像してみることに意味がある。
それが『優しさ』だ。
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cafebuslulu、とっても素敵なお店です。青い空と、美味しいコーヒーと、可愛いはるちゃんと。おすすめの空間です( ´ ▽ ` )♡
是非、体感してみてください。
また、つむつむ君と一緒にはるちゃんに会いに行くのが楽しみです♪
初めてのコミュニケーション
この前、ちょっと嬉しいことがありました。
初めてつむつむ君と双方のコミュニケーションが取れたと思った瞬間でした。
これまでは、彼が伝えたいことを泣くことで伝える。彼の要求を私が読み取る。または、私が一方的に話しかけるだけでした。
「おはよう」から始まり、今日も寒いね~、お腹空いたね~、お風呂入ろうね~、などなど。もちろん返事はなく。
人間と暮らしているというよりは、超絶可愛い未確認生命体と過ごしている、という感じでした。(ちっちゃい怪獣、でもいいかも)
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それが2、3日前からは、私の笑っている顔をしっかりと目で見て、それを認識したうえで笑ってくれました。
今までも笑うことはあったけど、それは本能だったり、彼が笑いたい時に笑うこと。まったく意味が異なります。
コミュニケーションが【相手の意思や感情を汲み取ること】だとすれば、これが本当のコミュニケーションの第一歩。
その時はじめて『私が育てているのは、ちゃんと人間だった!』と思うことができました。
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今はまだ会話はできないけど、少しづつ話せるようになってきたら、心がけたいことがあります。
それは、子どもの話をしっかりと傾聴すること。
子どもの話を聞く、会話するということだけではなく。子どもの感情に寄り添って、聴くということ。
すごく参考になる記事があったので、ぜひ→(第2回 親子の傾聴で子どもは必ず心を開きます)
少し前に、傾聴の講習に行ったのは、この為でもありました。
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例えば、子どもが保育園から帰ってきて、「今日はお絵かきをして遊んだよ!楽しかったよ!」と言ったこと対して、「そうなんだ!何を描いたの?」と返すことは傾聴ではありません。
事柄を知るために聞いていく事ではなく、感情や相手自身にフォーカスを当てて聴いていくのが傾聴。
「そうなんだ!楽しかったんだね!(お絵かき、好きなんだね!)」と、相手の「した事や出来事」ではなく、相手の好きなことや好きなもの、その時の感情を知ろうとするのが傾聴。
出来事の部分は重要ではなく、【その時、君はどう思ったの?どう感じたの?】という部分を強調して繰り返してあげる事で、相手自身が自分の事を掘り下げていくきっかけにもなります。
実際、傾聴の講習には、年頃のお子さんを持つお母さんが何人か来ていました。「子どもとうまく会話が出来ず、子どもが何を考えているかわからない」と悩んでいるようでした。
その他には、子ども関係の仕事をしている人、奥さんの話をちゃんと聞けなくていつも怒られてしまうパパ、部下の話を聞けずうまく関係を築けない社長さん、なんかも来ていました。
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親子のコミュニケーション。
時間がないと、ついついないがしろに聞いてしまったり、子どもの話にイライラしてしまったり、間違いを正そうとしてしまったり。
でも、本当は【出来事を聞いてほしい】のではなく【僕のことを知ってほしい】だけなのかもしれません。
私も、まだ未経験なのでうまくできるか分からないけど、これからの壮大な実験が楽しみです。そして、その実験をしながら、自分も人として成長できるような気がしています。
楽しみだなあ…♡
今日も、となりでスヤスヤ眠る寝息を聞きながら。中島希でした。
足し算の人生と引き算の人生
足りないものを補おうとして、手に入れる人生。
すでに在るものを、手放していく人生。
足し算の人生は、所有することで安心感を得ている。
引き算の人生は、手放すことで軽やかな心を手に入れる。
昔は足し算の人生が主流だったのに対し、今は引き算の人生を選択する人も多い。
所有することで安心感を得ていたはずが、所有することで不必要な執着心を得てしまい、不必要な不安や恐怖まで得てしまうことに気付いかたらだ。
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得ていくのは、モノだけでなく、仕事や地位、資格や資産、家族や恋人。「あれがあったら、いいな」と思うモノ全て。
足し算の人生と引き算の人生で、何が違うのかというと、そもそものベースの前提が違う。
足し算の人生は「足りない、満たされていない、不十分」から始まる。
引き算の人生は「足りている、満たされている、十分」から始まる。
不満がベースか、満足がベースか。
日常の幸福感に差が出るのは一目瞭然だ。
ただし「手に入れたい」という欲望は、向上心や発展につながり、社会には大きく貢献しているとも言える。今の日本があるのは、足して足して足していったから、だ。
一人の人間の中にも、分野によってどっちの考え方も入り混じっている。
足したい部分と、引きたい部分。そのバランスが合う人を、価値観が合う人というのかもしれない。
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赤ちゃんを見ていると、何にも持っていない裸の状態でも、みんなに愛されていることに気付く。何にもない、何にも出来ない。いや、泣くことと、飲むことと、たまにニンマリすること、うんちをすること、そんなところ。
それでも、みんなを笑顔にすることができるし、幸福感を与えることもできる。
「何にもない」ということは「何でも出来る」という可能性を持っているということだ。
ぎゅっと握った手の中には、何を掴んでいるのかな。
夢と希望かな?可能性かな?そう思ってそーっと開いてみたら、ホコリをたくさん握っていました。
あちゃ〜。ママ。おお掃除、がんばるね^^;
寒いからこそ、のお楽しみ。
ついにこの季節がやってきました。
1年ぶりの、お楽しみ。薪ストーブの季節です♡
暖かいのはもちろんなんだけど、楽しみ方はそれだけにとどまらず。私の場合はひたすら揺らいでいる炎を眺める(ロッキングチェアでゆらゆらしながら)という贅沢な時間をしています。
この時間が本当にたまらんのです。
去年は、さらに、ちょっといいウィスキーをロックで嗜むという、ちょっと背伸びをした楽しみ方をしてみたり。
今年はお酒はしばらくダメなので、カフェインレスコーヒーか、温かい番茶(渋い!)でもいいかな~と企んでいます。
この薪ストーブ、一度火を強くして家全体をあたためてしまえば、真冬でも半袖1枚で過ごせます。そして、寝る前まで火を絶やさずに燃やしておけば、翌朝まで家の中は暖かいのです。
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街中では、近隣に迷惑がかかるから設置できない場所もあるそうで。その点は、山に住んでる特権だなあと思います。薪さえ調達できれば電気代も灯油代もかからない、そのうえ癒やし効果とサバイバル精神(薪割りとか、火をつけるのとか)が養われる。
私にとっては、冬の1番の娯楽です。
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問題が1つあるとしたら、火をつけるのが鬼ほど下手だというところ。
昨日は着火までに1時間かかりました。そして、ふーっと何度も息を吹きかけたために、立ちくらみ。いつのまにか軟弱になっていました。
赤ちゃんがいるとなると、そんなに時間をかけていられないので、練習のために実践あるのみです。(ちなみに、慣れた人なら1,2分で火は着きます。)
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生活するために必要な家事を、効率よく家電に任せたりデジタル化して、娯楽の時間をつくるのもいい。
でも、生活するために必要な家事自体を、あえて昔ながらの方法でたのしく取り入れて、それ自体を娯楽にするのも、またいい。
スローな暮らしを楽しむには、余裕が必要だ。
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つむつむくんは、このロッキングチェアでゆらゆらしていると、一瞬で眠りについてくれます。そりゃあ気持ちいいよね~。薪ストーブに、ロッキングチェアに、ママの抱っこ。生後1ヶ月にして、最高の贅沢を知ってしまったようです。
この冬も、楽しい冬になりますように。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。中島希でした。
子が親に与えてくれるもの
こんにちわ。
超絶かわいい生物に、すっかりうつつを抜かしております。
今日は1ヶ月検診。そして週末にはお世話になった実家も離れ、山での3人暮らしが始まります。
ドキドキ、そして、わくわく。全部を完璧には出来ないから、精一杯手を抜こうと心に決めております。
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子育てというと、《親が子に与える》というイメージが強いけど、実際には《子が親に与えている》ものもけっこう多いのかもしれない。
その最もたるものが《存在意義》。
特にまだ小さい人間の赤ちゃんの場合、親がいないと生きていくことが出来ない。
だから、全力で親(育ててくれる人)を信頼する。というか、信頼しないとどうにもならない。目の前にきたものには吸い付くし、身体の力を完全に抜いて身を委ねる。泣いて、なんとか不快を取り去ってもらう。
そうしないと生きていけないのだ。
それが親にとっては《今は、私がいないとこの子は生きていけない》という存在意義を生み、生きる活力になるのだ。誰かが全力で信頼してしてくれるというのは、自分の存在を肯定するのには十分な理由になる。
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もう80歳をとうに過ぎたおばあちゃんが言っていた言葉も興味深い。
おばちゃんのお友達で、子ども(50代)に重度の障害がある人がいるという。そのお友達(80代)は何十年も毎日介護をしてきた。若い時ならまだしも、80歳で誰かを介護するのはさぞ大変だろう。しかし、子どもが元気でみんな嫁いでいってしまった人より、介護をしなくてはいけない存在が居るその人のほうが、生きる活力に覆われてボケることもなくイキイキしているそうだ。
私が居るから、誰かの生が成り立っている。全力で信頼してくれている。そう思うことで湧いてくるパワーはとてつもなく大きい。
存在意義を感じるのは子育てだけではなく、仕事でも結婚でも介護でも感じることは出来る。
子どもを生むと、奪われるものは多いかもしれない。でも、その何百倍も与えてくれている。
(ただし、子どもが1人で生きていけるようになったら、子どもに存在意義を求めすぎるのは危険な気もする。子離れ出来ない、という状態になりかねない。)
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親になって、1ヶ月経った。最初は泣いてしまった時に(どうしよう!なんで泣いているんだろう?あわあわ…)って不安になっていたけど、だんだん余裕を持てるようになってきた。
この泣き方は、おっぱいかな~とか。うんちがしたくて、泣くことで踏ん張っているのかな~とか。ゲップを出したくてグズグズゆってるな~とか。泣くと鬼瓦みたいな顔してるな~とか。大きな声で泣けるようになって良かったな~とか。(小さい声でしか泣けないと、不調に気付いてあげられないかもしれない)
何かが起きた時に、その原因を妄想するのが好きな私。
もしかしたら、こうかもしれない。この行動にはこんな意味があるのかもしれない。そう思いながら観察してみると、意味不明と思える動きにも、大人には分からない秘密があるような気がして非常におもしろい。
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この小さな身体で与えてくれるものを、伝えてくれるものを、楽しんで受け取っていけたらいいな。
さ~今日も1日頑張ろう♪中島希でした♪
【情報解禁】カフェバスの行方
5月の末に「おめでとう」という言葉とともに送り出していただいたカフェバスのnon号。
実は、その後のストーリーはまだ続いております。
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2月の中頃、妊娠がわかった時。
嬉しさと同時に、「この移動販売車どうしようかな?」ということが頭をよぎりました。
このままチャイルドシートをつけられれば、乗り続けてもいいかなとも思ったのですが、なんせ助手席しかないのでそういうわけにもいかず。
出産して、すぐに復帰するという選択肢はなく。
かといって、自宅に何年も置いておくのも如何なものか。
だとしたら「使いたい!」と言ってくれる人、移動販売をしてみたいという人に使ってもらいたい。そして、誰でもいいという訳ではなく、移動販売を楽しめそうな人に託したい。
そんな時に一番に頭に思い浮かんだのが【はるちゃん】でした。
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はるちゃんは、高校生の時からnonに寄ってくれていました。その時はまだコーヒーが飲めなくてホットチコレート。そして、卒業してしばらくしてから、久しぶりに寄ってくれた時に「私も、こういう仕事がしたい」と言ってくれました。それから、ちょこちょこ話をするようになりました。
それからは、コーヒー屋さんで働いたり、沖縄まで移動販売の仕事をしに行ったり、とにかくやりたいことに率直で毎日楽しそうなはるちゃんを見ているのが私はとても好きでした。
きっと、はるちゃんだったら、移動販売を楽しめるんじゃないかな?という予感がしました。
「やりたい」と「やる」は、全然違います。もしかしたら、この話をしたら、はるちゃんは困ってしまうかもしれない、とも思いました。
でも、はるちゃんにこの話を相談した時、すぐに「やる!」と言ってくれました。
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移動販売はネガティブすぎる人や、上手くいかない原因のを人のせいにする人には、苦痛に感じることが多々あります。
例えば、気合を入れて準備して、たくさん材料を仕入れたイベントが雨で無くなってしまったり。台風や猛暑、雪で予想と違う営業成績になってしまったり。(そこから何を学べるか、どう気持ちを切り替えれるかが大切)
「この場所は人が通らないからダメだ」と簡単に場所を変えてしまったり、イベントの不調を主催者の集客のせいにしたり。うまくいかない原因を外側に求めるのも絶対にうまくいかない。(その状況の中で、何ができるか?を考えて、そこから次に活かさないといけない)
まあ、移動販売に限ったことじゃないかもしれないけど、、、
そういうところも、はるちゃんならきっと大丈夫。そう思ったからこそ、はるちゃんに託すことにしました。
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そして、そのはるちゃんの営業場所ですが、私のいた場所(豊田市西町1-1 ダイコックさん前)から徒歩3秒の所です。
【名鉄豊田市駅】東口から徒歩2秒。ロッテリアの目の前。
オープンは11月25日。
その先の営業日は、ひとまずインスタグラムで更新していくそうなので、ぜひフォローしてみてください♪
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《cafebusLuLu》
インスタグラムアカウント @cafebus_lulu
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営業場所の関係により、なかなか情報解禁の許可がおりなかったので、とっても言いたくてうずうずしていましたが、やっと言えてすっきり!
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私が望んでいることは、はるちゃんが移動販売を楽しめること。
そして、もう一つ。これは私のわがままですが…私がNONで出会った人達と、今度はお客さん同士でまた会いたいということ。
豊田に美味しい青空が、またひとつ増えそうです。
いち、お客さんとして、はるちゃんを心から応援しています。
はるちゃん、出会ってくれてありがとう♡オープン楽しみにしています!
笑うのは、生きるための本能
あなたの笑顔で、幸せになる人がいる。
新生児でも、ニコーっと笑顔のような表情を見せることがある。これは生理現象のようなものと考えられていて、感情に基づいたものではないと言われている。
つまり、楽しいから笑っているのではないということだ。
なぜ、生理現象で笑うのだろう?
調べてみると、生きるための本能で笑っているということがわかった。
人間の赤ちゃんは、無力であり自分一人では生きていくことができない。そこで、笑顔を見せることで相手(親)に可愛さをアピールし、関心を持って育ててもらえるように本能に備わっているらしい。
なんとも賢い。そんなことされたら、親としてはキュンとして目尻が下がってしまうのである。それが、生理現象だとしても。ちょっとイライラしていたとしても。寝不足が続いていたとしても。【やっぱり可愛い】と思ってしまうのである。完全なる知的犯行だ。
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笑顔というのは、いろんなチカラを持っている。
自分自身が元気になるチカラ。
目の前の人を元気にするチカラ。
場を和ませるチカラ。
人と打ち解けるチカラ。
さらには、自分のことをかわいく見せることや、相手に寄り添う気持ちを表すこと、失敗した時に誤魔化すこと、笑っているとなんとかなっちゃうことも実は多いのである。
私が中学校の時は、授業中分からないのに当てられちゃった時は、「えへへ」の笑顔と首を斜めにかしげるという合わせ技で毎回乗り切っていた。
笑っていたら、何とかなるのである。
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現代は、いたるところで笑顔が大事と散々言われているので、逆に笑顔を作ることで自分を追い込んでしまう人も少なくない。無理して笑っていたり、本当は嫌なのに嫌われたくないから笑顔で引き受けてしまったり。これでは本末転倒だ。
「笑顔でいなければならない」ではなく、「笑顔を自分のために利用する」そんな感覚でいいんじゃないかなと思う。
無理して笑わなくたっていい。泣きたい時は思いっきり泣いたらいい。でももし、自分が元気になりたいなと思ったのなら、目の前の人に微笑んで見るのも悪くない。
あなたの笑顔で、幸せになる人がいる。
それはあなたの目の前の人であり、あなた自身である。
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ツムツムくんのお世話が始まって、2週間。
たった2週間だけど、新生児の育児って予想していたのと全然違いました。笑
実家なので、ありがたいことに「家事はやらなくていいから赤ちゃんの世話だけしなさい」と言ってもらって「それならそんなに忙しくないでしょ、けっこう寝れるでしょ」と思っていました。
3時間おきの授乳、オムツ替え、沐浴。自分の食事と、シャワー。授乳用品の消毒。1日のやるべきことはこれくらい。
予想では、3時間おきの授乳ってことは、その間の3時間は寝れると思い込んでいたんですが…。
実際には、赤ちゃんが泣きだしてから、オムツを替えるのに数分、授乳で20分から30分、ゲップを出させてあげるのに10分、そうこうしていたらまたオムツが汚れていたりして´д` ;ちょっと寝かせてみたら、またウンウン唸って今度はお腹にガスが溜まって苦しがっている様子。お腹をさすってみたり、お尻を刺激してみたりして。ようやく落ち着いたら、今度は自分のおっぱいのケア。(搾乳したり、なんやかんや。これを怠ると、激痛になり余計に眠れなくなる)そして、授乳用品の消毒。
そんなこんなをしているうちに、3時間というインターバルはどんどんなくなっていき、あと1時間しか寝れないヽ(´o`;そんなこともしょっちゅう。そして眠気からか、いつも頭がぼーっとしている状態。
いやあ~ママってすごい。こんなハードなことみんなやっていたなんて。驚きの連続です。
まだまだ、ずーっと続いていく育児。無理しないように、休み休み頑張ります。
最後までおつきあいいただきありがとうございました。今日も1日頑張りましょ!中島希でした。