何もない1日に、はなまるを

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6月21日、無事に過ぎましたねー♪生きてるー!ヤッホー!

詳しくは、一昨日のブログ、明日死ぬとしたら、何しよっか?にて

21日は、朝からドキドキしながら過ごしました。

旦那さんには「その予言師だいぶ胡散臭いけど、本当?」とか言われながらも「私は今日1日が、最期の日かもしれないと思って過ごすから!」と宣言して。笑
 

本気で最期の日かもしれないと思って過ごした結果

 
地震が起こらなかったことに対して、この予言者のことをネット上では「エセ予言者!」「ガセ予言者!」と言っている人もいるけど、そういう問題ではないような気がします。見方を変えれば、すごくありがたいことをしてくれた人なのではないでしょうか。

一昨日は、夜寝る前に「今日が無事に終わること、今日も平和に生きれたこと、明日もつむつむを抱きしめることが出来ること、明日、いつものようにおかえりが言えること」に本当にありがたい気持ちになりました。

いつもだったら「今日1日が平和だったこと」に、これがけ意識がいきません。

でも「今日、死ぬかもしれない」と思ったでけで、いつも当たり前だと思っていたことがいかにありがたいことかということに気付かされました。

 

明日もつむつむ君をぎゅっと抱き締めることが出来るということがこんなにも幸せなことだとは…。

そして、先延ばしにしていいた防災グッツも揃えるきっかけになり、災害時の優先順位や避難方法も見直すきっかけになりました。

私個人で言えば、この予言者さんにお礼を言いたいです。
 

ものの見方次第

 
自然災害がある国、というのは暮らしている人にとっては「良い」ことばかりではありません。命を落とす可能性が身近にある、ということは怖いこと。

でも、人間には自然災害を完全に防げるだけの力はありません。

なるべく被害を抑えるために、たくさんの企業が努力してくれているし、個人の意識を高めることは出来ます。でも、排除することはできない。

それならば、対処する知恵をつける、そしてそこから得られるものを大切にするしかない。

日本という国に生まれた以上、日本で生まれたからこそ得られるものにフォーカスを当てていくべきなのかもしれないですね。

この先も、引き続き「今日死ぬかもしれない」という思考で暮らしてみたいと思います。あまりにも疲れちゃうようなら、休憩しながら。

思考や行動に、どういう変化が訪れるか楽しみです。ナカジマノゾミでした。

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