自分が存在している価値は、自分で創れる

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今日は、ちょっと嬉しかったお話。

NONに寄ってくれる、とてもかわいい女の子からこんな言葉を頂きました。

「好きなことで勉強したいことを見つけました。そのきっかけは、ここです。ここに来ていたら、好きなことを仕事にしてみたいって思って…」そう言ってくれた方がいました。

嬉しすぎて、みんなが見ていない時に実は涙ちょちょぎれてました。

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なんでそんなに嬉しかったんだろう、と考えた時に出てきたのは、存在意義のこと。

もしかしたら、人は、自分が存在している価値を感じられた時にとても幸せになるのかもしれない。

例えば、仕事において。
「あなたのおかげで、とてもいい成果が出ました。」
そう言ってもらったらすごく嬉しい。自分が存在している意味を感じられるからだ。

例えば、パートナーにおいて。
「1人では出来ないことも、2人で力を合わせたら出来るね」
そういって笑い合えたとき、お互いに、自分の存在意義を感じるだろう。

例えば、子供に対して。
これは、そもそも、子どもが存在している事自体が自分の存在をあらわしていることになる。自分がいなかったら、この子はいないし、先祖の誰かが欠けても自分が存在しない。子どもの存在=自分が存在した証だ。

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自分が何かをしたことで誰かが喜んでくれたとしたら、自分の存在に自分で価値を与えることが出来る。

自分が、この地球に生まれてきた価値があったな〜と、自分で認められる。

《自分が存在している意義が分からない》そう思ったときは、自分で価値をつくったらいい。今、目の前の相手に何かを出来たら、それを喜んでくれたら、それが自分の存在意義だ。

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「好きなことをしていること」にも、ちゃんと価値はある。「好きじゃないことをしていること」にも、ちゃんと価値がある。

どちらも、大きな価値がある。

ただ、そのアプローチが違うだけ。自分が、どっちがいいかを選ぶだけ。

《生まれたからには、自分が生きた証を残したい。》

これは、人間の本能なのかもしれない。

《自分の存在には価値がある》

そう思うことは、生きる上で大きなチカラになることは間違いない。

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働くことは、それを感じる一つの手段。

家庭を持って子どもを育てることも、一つの手段。

何かを極めることも、一つの手段。

本当は、存在しているだけで、みんな大きな価値がある。でも、それをすぐに忘れてしまうから、実感して感じることも時には必要なことなのかもしれない。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

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2017年01月26日 | Posted in ブログ, 働くシアワセ | | 2 Comments » 

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コメント2件

  • KT より:

    のんちゃん、おはよ。
    きっと、あの日の出来事かな?
    目の前で言われたら嬉しいし、今まで頑張ってきて良かったね。
    心がウルウルしてるんだろなぁとは思ってたけど。。

    仕事をしているときも、普通に生活しているときも、自分で気づかないだけで誰かが見てるかもしれないってこと。
    こんな自分を見て頑張ろうと思ってくれる人の存在に気づいたとき、その人のためにも恥ずかしくない人になろうと頑張る。

    どうせ僕なんて、どうせ私なんてと思って生きてるのではなくて、
    本文にもあるけど、大切なのは、自分がこの世にいるという存在自体に影響があるかもしれないと気づくこと。

    前向きに頑張ってたら出会えるチャンスがあるかも。
    もし、そんな瞬間に出会えたら幸せだね。

    • non より:

      KTさん

      本当に嬉しくって、おもわず書いちゃいました♪
      頑張って、頑張って、というわけではなく、やりたいようにやっていただけなのに
      そう思ってもらえたことにビックリしていました。

      自分の存在している意味があった!
      そう思うことが、やる気の源なのかもしれないですね♪

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