受け入れる。誰かと生きるって、きっとそういうこと


昨日は、いつもお店で使っている紙カップがいつもと違うものでした。

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私は無地をこよなく愛しているので、いつもは白い無地のカップ。

昨日は、柄の付いたカップ。

白いカップがしばらく手に入らないため、数日間はこのカップを使うことにしました。

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昔だったら、こういうのって本当に嫌だったんです。

「いつものものがない!」「品切れって!困る!」「私はあの◯◯を使いたいのに!」

「あ~~~早く再開しないかな~~~困るな~~~」そう思って、気が気じゃなかったと思います。

ですが、始めて何年か経って考え方も変わってきました。

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仕事をするってことは、ひとりでは成り立たない。そして、生きていくってことは、ひとりでは成り立たない。

商品を売るとなると…材料や備品や消耗品。さまざまな仕入元があって、仕入れさせてもらって、私は商品を作ることが出来る。

それを買ってくれる人がいて、私の生活は成り立っている。

ひとりでは、完結出来ないから、それぞれの専門店にお願いして買わせてもらっている。豆だって、焙煎してもらっている。それがなければ、そもそも私の商売は成り立たない。

それぞれのお店に事情があり、別々のお店なのだから、イレギュラーが起こるのは当たり前のことである。思うようにいかないことが出てくるのも、当たり前のことである。

それが嫌なら、そもそも紙カップを作ることからやらなくてはいけない。それが出来ない以上は、事実を受け入れて、その中で最もいい方法を見つけるしかない。

《無いものは、無い》それを、どうするか。

《いつもと、違う》それを、どうするか。

その判断で、能力が問われるような気もする。

ピンチはチャンスなのだ。

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もちろん、出来ればいつものものを使いたい。でも、無いものは無い。

命に関わることでなければ、お店のポリシーに反することでなければ、柔軟に対応することは非常に大切なこと。

誰しも、ひとりでは生きていないのだから。

これって、お店とか商売のことでなくても同じなのかもしれない。

「◯◯さんの考え方は、合わない」「相手が思い通りに動いてくれない」「会社は私のことを分かってくれない」

だとしたら。それをそのまま受け止めてみる。

《相手が思うように動いてくれない》それなら、どうしようか。

その判断は、もしかしたら大きなチャンスになるかもしれない。

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いつも当たり前のように仕入れさせてもらっていたけど、本当はめちゃくちゃありがたいことなんだと改めて気付く。

当たり前は、当たり前ではないこと。人はすぐに忘れてしまう。

紙カップの業者さん。いつもありがとうございます。そして、また白いカップを使えるのを楽しみに待っています。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。豊田市駅の移動カフェcafebusnonの希でした。

2016年12月03日 | Posted in ブログ, 働くシアワセ, 生きるシアワセ | | 2 Comments » 

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コメント2件

  • KT より:

    のんちゃん、おはよ。
    白カップ切れちゃったんだね。白いものは自分色に染めれるから僕も好きです。待ってる人がいるならすぐに入荷すると思うよ。

    「ピンチはチャンス」
    僕もチームの皆んなによく話します。
    普段を当たり前のように過ごしていると、突然起きたことに対して対応に迫られることがある。
    だけど、こんな時だからこそ「見える、分かる」ことがあって改善することで今後に役立てれると。

    のんちゃんにとって、
    「紙カップ」は「神カップ」だね ( ^-^)_旦””

    • non より:

      KTさん

      白いものは自分色に染められる。 なるほどー♪
      突然の対応のときこそ、その人の真価が問われる気がします。

      昔いたカフェの女性オーナーは、滅多なことで動じない人だったので、ある時聞いてみたんですよね。
      「何があったら動じるんですか?」って。
      そしたら、「今までさんざんあったトラブルもすべて何とかなってきたから、たいていのことは大丈夫!死ぬわけじゃない。」と。
      色々あった人が強いのは、こういうことなんですね^^

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